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小説 鏡の向こうに 全30話 ブログトップ
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鏡の向こうに 1話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

ギター弾き

 トイレの便器に頭を突っ込み、口から吐けるだけ吐いた。
薄暗い照明と悪臭漂うライブハウスのトイレ。壁にはステッカーや落書き、ライブ告知用のフライヤーが無造作に貼られている。
「おい圭、大丈夫かよ?演奏できんのかよ!?」
「おう、ちょっと飲み過ぎた。」
「出番前につよい酒ばっか飲むからだろう、まったく。先行ってるからなぁ。」
便器に嘔吐した液体を流し、洗面台の鏡の前に立った男は、
「俺は誰だ?」
壁のフライヤーを剥がし口元を拭いた。

 DJの流す音がピタリと止むと、一挙にステージへ眩い光があたる。その光の中から野太い音が響き、観客の体に稲妻が走る。
「圭ーーー。」「圭さ~んー。」
ギターを演奏している圭は、観客の歓声と自身の演奏に酔う。
ステージに上がる前の少しの緊張は、初めの一音で消え失せる。その快感はピストルの引き金を引くスリルと似ているのではないかと、圭は常々思っていた。
持ち時間は1時間。あっという間に時は過ぎ、圭の酔いは醒める。
「お疲れー。」
楽屋に戻るとスタッフから労いの言葉をかけられる。満足を得られない圭はすぐに酒をあおった。
ライブの後は、やけに頭が研ぎ澄まされる。酒を飲みながら楽屋の外に耳をやった。
「マジでかっこいい。」
「やっぱ圭さんだろ?」
「初めてナマで見たけど、こんなにかっこいいと思わなかったぁ!」
観客の声を聞き分けて、
「ボルティーズも終わったな。」
「ああ、言えてる。」
圭は批判を肴に酒を飲んだ。

 下北沢のライブハウスを出て、圭はギターケースを片手にゆらりゆらりと歩き始めた。

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鏡の向こうに 2話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

灯火

 シャワールームから全裸で現れた女は、神の造形物として美の極点に達していた。
「すげぇ~、いい体してるねぇ。」
男は女をベッドに招き、知りうるすべを施す。女は手足指先の神経まで尖らし、男の愛撫に応える。
「あえぎ声くらい出せよ!?」
女は何も答えず、されるがままに身を任せた。
 きしむベッドの音と男の鼓動がリンクし、
「うっ。」
汗だくの体が造形美術の上に重なる。男は仰向けになり、
「満足。」
と一言だけ発する。男の愛に満たされない女は立ち上がり、シャワールームへ向かった。

 女は全身全霊の汚れを洗い流し、シャワールームを出ると、
「わりー、時間無いから行くわ。ここに置いとくよ。」
男はすでに衣服を着て、テーブルの上に現金を置いた。
『お金なんて求めてないのに。』
と女は心の中でつぶやく。
「名前なんだっけ?」
「やっぱ、いいや。聞かないことにする。俺も言いたくないから。」
男は黒いバッグを手に取り、ホテルを後にした。
 女は現金を財布の中へしまい込む。そして、
『あたしは陽子。』
と心の中で叫んだ。

 陽子は誰もいない山手通りを独りで歩く。
過ぎ去ってゆく車のテールランプは真っ赤に燃え、その灯火が満たされない陽子の心を温めてくれた。


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鏡の向こうに 3話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

悪夢

 渋谷にあるマンションへ帰ってきた圭はギターを置いてソファーに座った。
しばらくしてシャワーを浴びる。圭はお湯をフルスロットルで出し、バスルームをミストでいっぱいにする。そしてライブの疲れを癒した。
 冷蔵庫からビールを取り出し音楽をかける。重低音のサウンドが内臓まで響くほど音量を上げ床に座った。床から伝わる音は子守唄となり、徐々に眠りを誘う。

 「お母さん、家には帰りたくない。」
圭は父の暴力に日々耐えていたが、母は見るに見兼ねて圭を連れて家を出た。
「僕が悪いの?ねぇ、僕が悪いの?」
母は膝を折り、圭を抱き寄せた。
「いいえ、あなたは悪くないわ。」
母の体は冷え切っていた。そして圭は悟った。
「僕・・・、お父さんとお母さんと一緒に居られないの?」
母はその問いに答えなかった。
「あなたは悪くないの。悪いのはお母さんの方よ。」
小刻みに震えた母は、決して強くも優しくもなかった。


 現実と夢から醒めた圭は、いつもの準備を始めた。
ポンプに薬と水を入れる。ポンプを腕に擦り合わせて馴染ませてから、薬と水が頃合いになったのを見計らって血流と混じり合わせる。
 床から響く音が圭を高揚させ、ギターを弾きはじめる。誰もが聴いたことのない、聴き得ない音を奏で、現実と幻想を漂った。

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鏡の向こうに 4話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

寄り添う二人

 陽子の行きつけのBARは、カウンターだけで5~6人が座れば満席となる。陽子はいつものように薄汚れた扉を開ける。
「いらっしゃい。」
バーテンダーの男はグラスを磨きながら陽子を迎え入れる。入口から一番奥に座った陽子の前にビールが置かれた。グラスの縁より盛り上がった泡に陽子は口をつける。
「今日は暇だね。今日もか。」
バーテンダーの男はまた別のグラスを磨きはじめた。陽子は黙ってビールを飲んでいる。
BGMを変えようとバーテンダーの男はCDを選ぶ。数ある中から一枚のCDを取り出しプレイヤーセットする。ロック調の強い曲が流れ、
「ボルティーズってバンドなんだけど、あんま人気がないんだよね。」
黙ってビールを飲んでいた陽子はグラスを置いた。
「このボーカルギターの奴なんだけど、昔は凄かったんだよ。アメリカ雑誌とかで特集組まれたりした伝説のバンドの元ギターリストでさぁ。」
バーテンダーの男は歌詞カードを見ながら陽子に説明を始めた。
「日本より海外の方が評価されてたかな。アメリカとかイギリスのチャートに上位で食い込んだりしてたから。」
新しいグラスにビールを注ぎ、空になった陽子のグラスを取り、新しいビールをコースターの上に置いた。
「それがねぇ~。今は面影もなくなっちゃったかな!?俺はこのボルティーズもダサかっこよくて好きだけどね。」
 しばらくウンチクが続くとそこへ「カランカラン」入口の扉が開く。
「いらっしゃい。」
スーツを着た男が陽子の隣へ座った。
「何飲みますか?」
「ビールを。」
スーツを着た男は小声で陽子に話し掛けた。
「お一人ですか?」
陽子は軽く頷く。スーツを着た男はグラスを片手に乾杯を求めてきた。陽子もグラスを持ち、触れ合わせた。

 陽子とスーツを着た男は2杯、3杯ビールを共にし、
「二人の出会いを祝って、別の店で飲み直しませんか?」
とスーツを着た男の提案に陽子は頷く。二人は寄り添いながらBARを後にした。

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鏡の向こうに 5話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

氷山

 スタジオでのリハーサルを終えた圭は、帰りがけにBARに立ち寄った。
BARの入口付近でスーツを着た男とすれ違う。すれ違いざまにどこか懐かしい香りがした。後ろを振り向くとスーツを着た男に寄り添う女性がいる。その女性の背中は氷塊の冷たさと切なさを感じさせた。


 「カランカラン」入口の扉を開く。
「いらっしゃい。」
圭はカウンターの一番奥へ座る。
「今日は早いね。仕事帰り?」
「まあ。」
「相変わらず愛想悪いねぇ。」
タバコに火を点け、酒を注文する。この店で飲む酒は決まって茶色い酒を頼む。
「はいよ。」
圭の目の前にロックグラスが置かれ、それに手を伸ばす。一口含んだところで、
「悪いけど、他の音くれ!」
バーテンダーの男は渋々BGMを変えた。

 圭がBARに立ち寄る理由は別にあった。
「そろそろ行くワ。それと、」
「わかってるよ。」
バーテンダーの男は圭の言葉を遮る。圭は革のパンツのポケットに押し込んだ金を取る。そして複数枚の紙幣をバーテンダーの男に渡した。
「まいど!」
とバーテンダーの男は紙幣を受け取った代わりにビニール袋を差し出す。圭はビニール袋をポケットにしまい込む。
「今日はサービスで、変わりネタも付けといたから。使い方はいつもと一緒。」
圭は右手を上げてBARを後にした。

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鏡の向こうに 6話 [小説 鏡の向こうに 全30話]



 天井の鏡に映る陽子の顔は偽りしか見えない。メイクを落としても本当の素顔はあるのだろうか?
鏡に映る陽子の前に、時折男の顔が重なる。その男の目も鼻も口も黒く塗りつぶされている。目を凝らしても男の素顔は覗けない。
 男は陽子の両膝を左右に広げて腰を振る。陽子は男の顔を見上げると、黒く塗りつぶされた目から涙が溢れ出した。大粒の涙で、陽子の体を濡らした。
突然、男は陽子の首を締めるが、陽子は抵抗もせず身を任せる。
薄れる意識の中で、男は射精し、生まれて初めて陽子はエクスタシーを感じた。


 男の腕の中で眠る陽子。
「そろそろ時間だ。」
男は立ち上がり、ソファーの上に乱暴に置かれたバスタオルを取る。その際、男のジャケットが床に落ちるが気付いていない。男はそのままバスルームへ向かった。
陽子はジャケットを拾いあげると、白いビニール袋がこぼれた。ビニール袋を元のポケットに収め、ジャケットをしわにならぬようソファーに掛けた。

 男はネクタイを締めてホテルを出る準備を整えた。陽子もまた、本当の素顔を隠すメイクをしてホテルを出た。
スーツを着た男は、
「今日はありがとう。」
と別れのあいさつをする。陽子は心の中で、
『さようなら。』
と最後の別れを伝え、背中を向けて歩きはじめる。スーツを着た男は陽子が消え去るまで見守った。

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鏡の向こうに 7話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

妖艶な香り

 2年ぶりにテレビの電源を入れる。テレビで放送されているニュースやバラエティ番組、音楽番組など何ひとつ圭を惹き付けるものはない。結局数分でテレビを消してしまう。
 冷蔵庫からビールを取り出し、タバコに火を点け、ギターを弾く。
部屋の中は間接照明の光が天井や壁を照らし、タバコの煙はやたらに目立つ。縦に一本に伸びた白い煙はギターの音に共鳴し揺れることがある。まるで生き物のようで、圭の情操を表していた。

 BARで手に入れたビニール袋を開け、いつもの準備を始めた。
ビニール袋の中から『変わりネタ』と呼ばれていたモノを試す。初モノは薬と水をよく混ぜる為、熱を加える。それをポンプで汲みとり血と合流させる。
 圭の頭の中は地球の回転速度と同じ速度で回る。そしてギターを弾く。
タバコの煙は乱れに乱れ、間接照明は光と闇をくっきりと分けた。


 ふと圭の鼻に妖艶な香りが漂う。女を招き入れたことのない部屋に、香るはずのない匂いが部屋中に立ち込める。
圭はギターを置き、ベッドに潜る。チクっと背中に何かが刺さった。その何かを払いのけると床に転げ落ちた。
圭の所持品ではないピアスが床に転がる。妖艶な香りはピアスから発せられていた。

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鏡の向こうに 8話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

光と影

 陽子はバッグからマンションのカギを取り出し、玄関を開ける。部屋の明かりは点いていた。
『ただいま。』
誰もいない部屋に帰ってきたことを告げる。
闇を嫌う陽子は部屋の明かりを消したことがない。消してしまえば陽子の居場所は無くなってしまう。


 洋服を脱ぎ、部屋着に着替えた陽子は、帰りに買ったボルティーズのCDをプレイヤーに掛ける。音量を上げて床から響くサウンドを体で受け止めた。
歌詞カードを広げて目を通す。陽子は一曲の歌詞に目を留めた。

ああ、全ての命を壊して ああ、あなたの世界を作って
最後の日になって 元に戻ろうなんて

ああ、薄れる意識の中でも ああ、あなたの体を辿って
身体(カタチ)のないものに 触れてみたくなって
手遅れになる前に

あなたの気持ち確かめたくて 今の不安を消す
このまま一緒に堕ちてもきっと 忘れることはない


陽子は歌詞カードから一曲の歌詞を切り取る。それを手帳に挟んだ。ついでに手帳より明日のスケジュールを確認した。
明日は映画出演者の初見日だった。

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鏡の向こうに 9話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

刻印

 圭に歩み寄る者がいる。
人なのか、獣なのか分からない。全身が黒く、はっきりと姿を確認することができない。ただ黒い者はステッキのような物を持ち、その先端には3桁の数字が刻まれていた。
 黒い者は人々の右の手か額に3桁の数字の刻印を押す。逃げ惑う人々は尽く殺された。
圭は必死に黒い者から逃げる。圭の横を走っていた人は、黒い者に追いつかれて額に刻印を押されてしまった。圭は必死に逃げる。
 見慣れた路地に逃げ込んだはずが、全く見覚えのない景色が広がる。それでも圭は身を隠す場所を探した。
古びた映画館に逃げ込んだ圭は適当な場所に隠れた。震える膝を抱え、吐く息を呑み込む。
足元にゆっくりと黒い影が伸びる。その影は圭の視界を覆いつくした。

 アラームの音で目を覚ました圭はシャワールームへ向かう。汗だくの体を洗い流し現実に戻った。
服を着てギターを持ってマンションを出た。

 狭い路地を行き交う人々。雑踏をかき分けて、圭はギターケース片手に渋谷のスタジオへ向かった。途中、人々の右手や額を見る。
 渋谷にあるスタジオは、圭やバンドのメンバーがよく利用していた。スタジオには既にメンバーが集まっており、圭の到着とともにリハーサルは始った。
次のライブのために新曲作りをするが、なかなかまとまらない。原因は圭のギターに問題があった。しかしメンバーは何も言わなかった。
結局この日は進展がなくスタジオを出た。

 圭はメンバーと別れ、いつものBARへ足を運んだ。

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鏡の向こうに 10話 [小説 鏡の向こうに 全30話]

真剣勝負

 陽子は映画出演が決まっていた。主演ではないが重要な役を与えられいる。映画監督の意向で、撮影に入る前にワークショップを開く事となった。

 稽古場の隅に置かれているパイプ椅子に座る陽子。他の出演者を怒鳴り散らす演出家。殺気立つ稽古場は言わずと真剣勝負となった。
「はい、次!」
苛立ちをあらわに演出家は言葉を飛ばす。次は陽子の番だ。映画で最も重要とされる1シーンを陽子が担う。陽子の稽古は殆どこの1シーンで費やされた。
陽子は台本から汲み取れる全てを表現した。
「もう一度。」
演出家は腕を組んだままパイプ椅子に座っていた。陽子は同じシーンを再現する。
「はい、もう一度。」
陽子は表現方法を変えた。演出家はしばらく黙っていた。稽古場の空気は重く、緊張が目に見えるほど張りつめている。
演出家は徐に口を開く。
「舞台の上で死ぬことや死人を演じるのは難しい。他にも台詞がないシーンでの間の取り方も難しいだろう。」
「この1シーンは背中でものを語るんだよ!?お前は解っているのか?」
至って穏やかに演出家は振舞うが、言葉の節々に激情が見え隠れする。
「このシーンの前後の句点や読点、この『・・・。』も台詞なんだよ。もう一度台本を見直せ!」
「今日はここまで!!」
素早く立ち上がった演出家は、誰よりも早く稽古場を出た。


 自宅に戻った陽子は緊張の汗を洗い流し、台本を一から読み直した。何度も何度も読み直した。
 息苦しくて涙の止まらない陽子は、気晴らしの為に行きつけのBARへ向かうことにした。

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